著者になるデメリット

著者になるデメリットですが・・・。

結論から言うと、ありません。

ただ、著者という存在は、
あなたが思っている以上に、世間的には有名人として見られるものです。
いわば、公人となるので、
見ず知らずの他人から批判されたり、それこそ誹謗中傷されたり、
悪意あるデマを拡散されたりといった被害に遭う可能性はあります。

これは、政治家や、芸能人や、アーティストよりも、
かなり多いので、相応の覚悟をしておく必要があります。

ちなみに、なぜ著者は世間からの風当たりが強いのか。
それは、政治家になりたいけれどなれなかった人は、
政治家の場合は得票数という形で身の程を知ることができます。

芸能人やアーティストになりたいけれどなれなかった人は、
毎日鏡の前で現実を突きつけられ、
その評価が妥当であることを痛感させられています。

しかし、著者になりたくてもなれない人たちは、
その現実を突きつけられないままに、
誇大妄想を膨らませていることが非常に多いのです。

それゆえに、自分の方があなたよりも優れた存在であると思い込むために、
あなたに対する誹謗中傷をして、その錯覚に酔い、現実逃避をするのです。

事実、Amazonをはじめとした、各種書評サイトを見ると、
その大半が、書籍をしっかりと読んだ上で、
公平な視点で論じているとはいいがたいものばかりです。

それこそ、批判をするために本を買っているという異常な人も少なくありませんし、
ひどいのになると買いもせずに批判だけを書いている、そんな人もいるわけです。

ともあれ、著者になった際に、この手の批判を気に病む人も多いのですが。

あいにく、そんな連中たちのたわごとを真に受けるほど、
世の中の方々はアホではありません。

たしかに、同調意見を見ることはありますが、
それは結局のところ、同類項による傷のなめあいでしかなく、
断じて世論ではありません。

また、その手の誹謗中傷をされることで、
「知り合いに見られたら恥ずかしい」と思う人も多いようですが。

それを見て、あなたに対して同情的な考えができないような知り合いならば、
付き合い続ける価値もないので、縁を切ればいいだけの話です。

その一方で
「著者ですらない負け犬が俺様にたてつくなんてゆるせん!!」と思う人もいます。

しかし、これもまた、気持ちはよくわかりますが、
もうちょっと大人になりましょう。

考えてもみてください。

あなたは、幼稚園児にバカといわれて顔を真っ赤にして怒りますか。
足を踏まれて激高して蹴り返しますか。
そんなバカなことしないですよね。

明らかに自分よりもレベルが下の相手に対して感情的になるなんて
馬鹿げていますし、なんの生産性もないわけです。

ともあれ、インターネットでは、
誰もが気軽に発信できる上に、お互いの姿が見えませんからね。

それゆえに、強気になる人も多いですし、
一方で相手を過大評価して感情的になってしまう著者も多いのです。

しかしながら、その手の批判者の大半は、実社会では存在感のない、
あなたと対面したらオドオドして何もしゃべれないような気の弱い人ばかりです。
相手をする価値すらないのです。

もっとも、こういった話をしてもなお、
批判や、誹謗中傷が気になるという人もいるでしょう。

しかし、ご安心ください。

インターネット上で、どれだけ批判をされようが、誹謗中傷をされようが、
あなたが正しくまっとうに生きている限り、誠実に生きている限り、
何か人生にマイナス作用するようなことはありません。

実際私も、「詐欺師だ!」「インチキだ!」などと誹謗中傷をされたことがあります。
それどころか、私が取材を受けて出演をした雑誌にまで
逐一ネガティブレビューを書いていく
病的なアンチの人に付きまとわれていたこともあります。

それこそ、私の所有物や、好きな観光地まで
あれこれケチをつけるような
精神異常としかいいようのないアンチも存在しました(笑)

ええ、笑ってしまいますよね(笑)

そして、過去形で語ってはいますが、
たぶん、今なお、その手の誹謗中傷をしている人もいるのではないかと思われます。

思われます、というのは、最近はその不毛さゆえに、
一切のエゴサーチのたぐいはしていませんので実態がわからないためです。

ともあれ、こうして私の書いた本をご覧いただけば、
そして縁あって実際に会えば、
それが根拠のないデマであることは十分おわかりいただけると思います。
あなたが人格破綻している頭のおかしい人でもない限りは(笑)

なお、インターネットビジネスの世界では、
他人様を「詐欺師」とののしる人こそが、
悪辣な詐欺師であるというのは有名な話です。

要するに、その成功者と同じ結果を得るには詐欺をする必要がある、
詐欺をしなければそんなに稼げるわけがない、と考えている訳ですからね。

裏を返せば、その手の人たちは、
どうしてもお金が必要になった時、
はたまた批判している成功者同様の収入を望んだときに、
その犯行に及ぶと自白しているようなものなのです。

すなわち、犯罪者予備軍というわけです。

ともあれ、そういった不誠実な性格をしているから、
ビジネスで稼げないわけですが。
おそらく彼らは、死ぬまでそれに気づかないままでしょう。

話は戻ります。

著者になることで、世間のあなたに対する見方は、
成功者、セレブリティに割り当てられることとなります。

それゆえに、他人様の成功をひがむだけしか生きがいのない、
卑屈未練な人間に、執拗に攻撃されるリスクは避けられません。
あなたは、著者になった瞬間に、ある特定の人たちから嫉妬される対象になるのです。

しかし、そんな彼らが実社会ではなんの影響力も持たない、
取るに足らない人間であることからもおわかりのように。

たとえ、姿の見えないインターネット上であっても、
彼らが世の中に対して何らかの影響力を発揮することはできません。

インターネットは、能力のレバレッジ装置ですが、
断じて、逆転装置ではないですしね。

ともあれ、批判されたり、誹謗中傷されたりといった経験は、
普通に会社員生活をしていたのでは、まず経験しないことかもしれませんが。

著者になれば、それは日常になりますので、
なれる必要こそありませんが、その影響力を過大評価しないことは大切です。

「それでも、炎上とかは怖いなぁ・・・」

なるほど。

たしかに、その気持ちはわかります。
私も、自分の意見をズバズバと主張するタイプですので、
2001年にホームページを開設して以来、毎年のように炎上騒動を起こしています。

しかし、あなたは、その全てをご存じですか。

おそらく、まったくご存じないと思います。

そして、1つ質問があります。

2017年3月2日に炎上したTwitterの方をご存じですか。
どういった内容が原因で、どんな批判を浴び、どんな結末になったかご存じでしょうか。

おそらくは、その本人と、炎上騒動の火付け役以外は、誰も覚えていないと思います。

すなわち、仮にあなたが批判されようが、誹謗中傷されようが、
世間は何も覚えていないのです。

ちなみに、先のTwitter炎上騒動は全くの適当な話です。

ただ、毎日のように、大小関わらず方々で炎上騒動は起きているので、
もしかしたら実際にあったのかもしれませんが・・・。

ともあれ、炎上騒動なんて、こんな取るに足らない話でしかないのです。

というわけで、あらためて強調しますが、
著者になることで批判されたり、誹謗中傷されたり、
悪意あるデマを広められることはあるでしょう。

しかし、その手の発信をしている人間の実社会での、
インターネット上での社会的影響力は、取るに足らないものです。

あなたが気にしなければ・・・
というよりも、エゴサーチやレビューの一切を見なければ、
あなたの人生に何らかの影響を及ぼすなんてことはありません。
認識していない出来事は、この世の中に存在していないも同然ですからね。

考えてもみてください。

今、地球の裏側のブラジルの道路で、
愛犬を飲酒運転の車にはねられて、悲しみに暮れる少女がいたとします。

とても気の毒で、同情的な思いをいだくと思います。
また、犬をはねた飲酒運転をしていた車の運転手に怒りを感じるかもしれません。

しかし、それを知らなければ、悲しみも感じなければ、怒りも感じることはありません。
要は、これと同じことなのです。

名著7つの習慣にもありますが。

質の高い人生を歩むには、
自分自身が影響を及ぼすことができる範囲に集中することが大切なのです。
意欲的に本を何冊も書くことは、自分の気持ち次第でどうにでもできることですよね。

しかし、あなたに対する嫉妬心で暴走する変な人たちを改心させ、
誹謗中傷をやめさせる、というのは他人に期待をするのと同じこと。
すなわち、あなたの影響力の及ぶ範囲ではないのです。

なお、私の友人である著者の方が、
インターネット上での目に余る誹謗中傷に絶えかねて、
社会勉強がてら訴訟を起こしたことがあります。

結局、法廷に引きずり出したことで、完全に相手はおびえきってしまい、
その場で土下座をして、号泣しながら許しを請いたそうです。
(この辺の話は、真偽のほどはたしかではありません。彼の誇張が入っている可能性はありますが。)

ともあれ、訴訟に関して専門家に業務を依頼したがゆえに、
相応の訴訟コストは発生しているので、
実費だけを負担させる形で、それ以上のことは大目に見たそうです。
ただ、条件として誹謗中傷をしていたサイトの閉鎖をさせたそうです。

さて、この話、どうなったと思いますか。

正解は、「1ヶ月後には同じことを再開した」です。

ウソみたいな本当の話。
そして、あきれてしまうような話ですが、これが現実なのです。

人間の本質なんて、やはり、そうそう変わるものではありませんし、
それこそ裁判という非日常体験をしてもなお、変わらない人もいるのです。

このことからも、他者の変化に期待すること、他者の行動に干渉することが、
いかに無意味であるかがうかがえるとおもいます。

というわけで、あらゆる批判、誹謗中傷は効果がない一方で、
無くすこともできないので、
著者としての業務に集中しましょう。

それらを過大評価しなければ、
著者になるデメリットはありません。
しょせんは、気分の問題なのです。

いえ、気分の問題というよりも、
そのような批判、誹謗中傷がおこなわれているという事実を知りさえしなければ、
そんなものはこの世に存在していないも同然です。

そういった、批判や誹謗中傷との付き合い方・・・
というか、正しい認識の仕方を知ることもまた、
著者になる上での準備として必要なことなのです。




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