メンサのFacebookがいつも炎上している理由

身内の恥をさらすようですが・・・

よくよく考えると、
あまり身内という考えは持っていないし
身内と思われたくもないので書きますが(笑)

メンサのFacebookページは、
高頻度で、言い争いやケンカが発生しています。

高IQ団体ゆえに、
さぞかし、アカデミックな議論が
繰り広げられていると思うかもしれませんが。

あいにく、低EQの人間特有の、
浅はかな感情論に基づく言い争いで、
発展性はまるでないというのが現実です。

では、なぜ、彼らは、
そのような不毛なことに時間を費やすのでしょうか。

理由は3つあると思います。

まず1つ目が、
屈折した選民意識です。

要するに、ただIQが高いだけで
自分を特別な存在だと思って勘違いしている、と。

とりわけ、実社会で
大した成功を収めていない人ほど、
IQという部分をよりどころに
「俺は本気を出せばすごい」
「いずれかならず成功する」
といった、根拠のない自信を持ち
横柄な態度をとることが多い印象です。

そういう人間同士がぶつかり合うとどうなるかなんて
容易に予想がつくと思います。

そして2つ目が、
全体的なEQの低さです。

メンサのコンセプトは
「高IQゆえに生きづらさを感じる人が交流する場」
となっているようですが。

そもそも、高IQであっても、
高EQであれば、
世の中と折り合いを付けられるので
生きづらさを感じることはありません。

事実私も、
幼少期の田舎暮らしの頃のように、
低EQにあわせざるを得ない環境から
動くに動けない場合を除いて。

普段の暮らしで
高IQゆえの生きづらさを感じたことは
ただの一度としてありませんからね。

別に、IQがずば抜けて高くても、
EQが高ければ、ストレスにならないのです。

ともあれ、メンサはそのコンセプトゆえに
低EQの人が集まりやすくなっており。

そういう人同士で意見の食い違いがあれば
不毛な議論に発展するのは明白です。

そして3つ目が、
社会主義的な組織構造ゆえ、です。

メンサという言葉の語源は円卓らしく、
それゆえに、全メンバーのフラットな関係、
平等な付き合いが根底にあります。

しかし、この平等の解釈が難解なんですよね。

どういうことか、というと。

会社に置き換えて考えてみましょう。

ビジネスを熟知している経営者と、
昨日入ったばかりのアルバイト。

この2人の意見を同列に並べることを
果たして、平等というべきなのでしょうか。

また、平等とは、
そうすることなのでしょうか。

ちょっと難しいですよね。

当然のことながら、
ビジネスを熟知した経営者による
豊富な知識経験に基づく提案と
昨日入ったばかりのアルバイトの
思いつきの意見。

それを同列に並べて、
従業員に1票ずつの投票券を与えて
多数決で経営方針を決めたらどうなるでしょうか。

当然、会社はすぐにつぶれてしまうでしょう。

ともあれ、メンサという組織は、
EQが低めの人が多い上に、
その方針は、原則多数決によって行われているわけです。

だからこそ、民主社会主義的な毛色が強く
低EQの人たちの声が大きいのです。

こんな事情ゆえに、
今なお、Facebook上では、
不毛なやりとりがくり返されているのでしょうね。

まぁ、しょせんはそんな程度の集まり、
といってしまえばそれまでですが。

優秀な人材のコミュニティとして発展させるには、
もうちょっと、運営方針を考えないとダメでしょうね。

もっとも、私は合理主義者で、
その手間を負う価値がないと考えているので、
今後も、程よい距離を保ち静観し続けるつもりですが。

いずれにせよ、今の彼らを見ていると、
本当に、IQと上手く付き合えていないな、と。

高IQは処理速度が速いので、
EQが低いと、光の速さで破滅に向かうのです。

まさに、それを見ているようで、
いたたまれない気持ちにもなります。

高IQでも、必ずしもハッピー!というわけでもないのです。
EQと行動力がないと・・・。




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