竹内美宥さんの歌声からわかる言葉の質量とは

昨日のメールで、
言葉の質量の話をしましたが。

こんなメールが来ました。

> 言葉の質量って何となくわかるんですが
> 具体的な例って他にありませんか。
>
> 自分の言葉が軽くなっていないか不安です。

なるほどー。

そうですね、せっかくなので
こちらの例をご覧いただきましょう。

初日 竹内美宥Ver.

初日 Goose house Ver.

どうも、音楽絡みになると
程度の低い感情論者になる人がいるので
あまり気が進まないんですが(笑)

あなたが、そういうアホではないと信頼して
本質的な話をズバズバしていこうと思います。

先の2つの動画は、
AKB48の「初日」という曲を歌っています。

芥川賞作家で有名な
お笑い芸人ピースの又吉さんは
この曲を公演で聴いて感動の涙を流し
芥川賞作品ともなった火花を書くモチベーションになったそうです。

さて・・・。

前者は、メンバーの竹内さんによる
ピアノでの弾き語り。

後者は、シンガーソングライターユニットの
グースハウスによるカバーです。

あなたは、どちらに、より感動をしましたか。

おそらく、前者の竹内さんの方だと思います。

なぜなら、歌詞に乗せる思いが
後者とは段違いに思いからです。

歌詞の言葉にふさわしい質量が
その歌声に込められているのです。

もっとも、竹内さんは、
AKB48グループの中でも屈指の歌唱力を持っており
お母様も元有名劇団員という
いわば、芸能サラブレッドでもあるのですが。

それでも、本人の努力も素晴らしいものがありますし
それゆえに、言葉の質量が大きいのです。

一方のグースハウスの方ですが・・・。

確かに、カバーとしての完成度は高く、うまいです。

ただ、言葉が軽いと思いませんか。
リズムに乗せて言葉を発しているだけというか。

それこそ、意地悪な見方をすれば
「どう、私って、歌がうまいでしょ?」
みたいな、
自己顕示欲の道具として
音楽を利用している印象すら受けますよね。

だから、質量が軽いんです。
正直、鼻につくという人もいると思います。

もちろん、歌詞の内容をかみしめることなく
その背景にあるストーリーに共感することなく
バックミュージック的に音楽を聴く人ならば
グースハウスの方を高評価するかもしれませんが。

あと、一応、フォローしておくと。

グースハウスは、
AKB48のファンであり、
何曲もカバー動画をあげています。

また、彼らの楽曲自体は悪くないですし
私も、好きだったりします。

だからこそ、こうやって
容赦なく引き合いに出したのですが。

いずれにせよ、
歌は心だといいますが、
文章も心なのです。

だからこそ、いくら、
うまく見せようと模倣をしたところで。

その背景までを背負っている人の言葉の重みと比べると
どうしても、見劣りするんです。

本来の言葉のあるべき質量に
模倣では、追いつくことができないのです。

ステップメールは、
あらかじめ書かれたメールではありますが。

その1通1通に、
読者さんへの熱い思いが込められているわけです。

だから、その形ばかりをまねたとしても
やはり、同じだけの影響力は発揮できないのです。

B’zの曲が人の心を揺さぶるからといって、
同じようにまねて歌ったとしても
しょせんはカラオケでしかないでしょう。

それこそ、先の竹内さんとグースハウスのように
プロによる模倣であっても
それこそ技術的には上の人による模倣であっても
質量の壁だけは越えられないのです。

というわけで、
参考にする、模倣する、
そういった表層的な合理化を考えるのではなく。

自分の心をストレートに
しっかりと表現できる誠実さを第一に考えましょう。

なお、「初日」のカバーに関して最高だと思うのはこれです。

NGT48のメンバー・荻野由佳さんの
ドラフト選考の時のパフォーマンスですね。

先の竹内さんとは、また違った意味で
胸にグッと来るものがあるのではないでしょうか。

荻野さんの苦労を知っている審査員の先生は
感動の涙を流していますしね・・・。




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